「脳卒中後から腕が上がらなくなった」
「肩を上げようとすると痛い」
「以前より腕が重く感じる」
「肩が抜けているような感じがする」
「リハビリで腕を動かしているけれど、なかなか上がるようにならない」
脳卒中後には、このような肩・腕の動かしにくさが生じることがあります。
肩が上がらないと、「肩の筋肉が弱くなったから」と考えてしまいがちです。しかし実際には、筋力低下だけでなく、肩関節の痛み、関節可動域の制限、筋緊張の変化、肩関節亜脱臼、感覚障害、姿勢や肩甲骨の動きの問題など、複数の要因が関係していることがあります。
脳卒中後の肩は非常にデリケートです。
そのため、単純に「毎日腕を上げればいい」「痛くても伸ばせばいい」と考えるのではなく、なぜ肩が上がらないのかを確認し、安全に動かすことが重要です。
この記事では、脳卒中後に肩が上がらなくなる原因と、リハビリで大切なポイントについて、作業療法士の視点から解説します。
脳卒中後に肩が上がらない主な原因
脳卒中後の上肢機能低下は非常に多く、National Clinical Guideline for Strokeでは、脳卒中後に約70%の人が腕の機能低下を経験し、その一部は長期間残るとされています。上肢の回復パターンは人によって異なり、初期の筋力や指の伸展、肩の外転などが回復の重要な要素になります。
「肩が上がらない」という同じ症状でも、原因は一人ひとり違います。
代表的な原因を見ていきましょう。
① 肩を動かす筋力が低下している
脳卒中によって、麻痺側の肩周囲の筋肉を自分の意思で十分に働かせられなくなることがあります。
例えば、
- ・腕を前に上げられない
- ・横に開けない
- ・肘を伸ばした状態で腕を持ち上げにくい
- ・腕を上げようとすると途中で止まる
- ・腕を上げると体が一緒に傾く
などです。
肩を動かすには、三角筋などの筋肉だけでなく、肩甲骨や体幹を含めた協調的な運動が必要です。
そのため、単純に「肩の筋肉を鍛えればいい」というわけではありません。
② 肩の痛みが腕を上げる動きを邪魔している
脳卒中後には、**肩の痛み(片麻痺側肩痛)**が生じることがあります。
National Clinical Guideline for Strokeでは、脳卒中後の片麻痺側肩痛は30~65%にみられ、上肢の筋力低下、肩関節亜脱臼、肩関節可動域制限などと関連するとされています。
肩が痛ければ、
「腕を上げる」
↓
「痛い」
↓
「腕を動かさなくなる」
↓
「さらに動かしにくくなる」
という悪循環につながることがあります。
また、肩の痛みの原因は一つとは限りません。
- ・関節可動域の制限
- ・筋緊張の変化
- ・腱や周囲組織の問題
- ・肩関節亜脱臼
- ・不適切な姿勢
- ・誤った介助や取り扱い
など、複数の要因が関係する場合があります。
そのため、痛みがあるのに「筋力不足だから頑張って動かそう」とするのは危険です。
③ 肩関節亜脱臼がある
脳卒中後、腕の筋肉が十分に働かなくなると、肩関節の骨頭を支える力が低下し、肩関節亜脱臼が生じることがあります。
肩が下に落ちているように見えたり、
「肩が抜けそう」
「腕が重い」
「肩が安定しない」
と感じたりする場合があります。
ただし、重要なのは、
肩関節亜脱臼がある=必ず肩が痛い
というわけではないことです。
また、亜脱臼があるからといって、それだけで上肢の回復が決まるわけでもありません。
2025年までの研究をまとめたネットワークメタ解析では、肩関節亜脱臼に対する複数の治療法が比較され、NMES(神経筋電気刺激)は亜脱臼距離の減少に有効である可能性が示されています。一方で、治療法によって効果の対象が異なるため、「これ一つがすべての人に最適」とはいえません。
④ 肩甲骨がうまく動いていない
肩を上げる動作では、上腕骨だけが動いているわけではありません。
肩甲骨も、
- ・上方回旋
- ・後傾
- ・外旋
などの動きを伴いながら、腕の動きを支えています。
ところが脳卒中後には、肩甲骨を適切に動かすことが難しくなる場合があります。
すると、
腕を上げようとしても肩周囲がうまく連動しない
という状態が生じます。
そのため、肩が上がらない方を見るときには、
「何度まで腕が上がるか」
だけでなく、
「肩甲骨はどのように動いているか」
を見ることも重要です。
⑤ 筋緊張が高くなっている
脳卒中後には、時間の経過とともに筋緊張が高くなる場合があります。
特に、
- ・肩が内側に入りやすい
- ・肘が曲がりやすい
- ・前腕が回りにくい
- ・腕全体が身体に近づきやすい
などの特徴がみられることがあります。
この状態では、腕を上に持ち上げようとしても、動きが制限されることがあります。
ただし、筋緊張が高いからといって、強く引っ張れば改善するわけではありません。
筋緊張、関節可動域、痛み、随意運動などを総合的に評価する必要があります。
⑥ 感覚が低下している
脳卒中後には、腕や手の感覚が低下することがあります。
例えば、
「腕がどこにあるのか分かりにくい」
「肩が動いている感覚が弱い」
「目で見ないと腕の位置が分からない」
といった状態です。
腕を動かすためには、筋肉だけではなく、身体の位置や動きを脳が把握するための感覚情報も重要です。
実際、脳卒中後の肩関節亜脱臼は固有感覚の低下とも関連することが報告されています。ある多施設コホート研究では、327人の脳卒中患者のうち37%に肩関節亜脱臼、19%に肩痛が認められ、亜脱臼は固有感覚の低下などと関連していました。
⑦ 「肩」ではなく体幹で代償している
肩が上がりにくい方の中には、
腕を上げる代わりに、身体を横に倒す
という動きがみられることがあります。
例えば、
「右腕を上げたい」
↓
「右肩が十分に動かない」
↓
「身体を右側に傾ける」
↓
「腕が上がったように見える」
という動きです。
この代償動作自体が必ず悪いわけではありません。
日常生活では、本人が目的を達成するための代償手段になることもあります。
ただし、「腕そのものを動かす能力を高めたい」という目的なら、体幹の代償だけに頼らない練習も必要です。
肩を上げるためのリハビリで大切なこと
では、実際にどのようなリハビリを考えればよいのでしょうか。
ポイントは、
「無理やり腕を上げる」のではなく、「安全に動かせる条件をつくる」
ことです。
STEP1:まず痛みを確認する
肩のリハビリで最初に確認したいのが「痛み」です。
例えば、
- ・じっとしていても痛い
- ・腕を動かすと痛い
- ・着替えのときに痛い
- ・夜間に痛い
- ・肩を触ると痛い
など、痛みの出方によって原因を考える材料になります。
2024年のスコーピングレビューでは、脳卒中後肩痛の評価方法として、痛みの評価、肩関節の受動的可動域、Fugl-Meyer Assessment、肩関節亜脱臼の評価などが多く用いられていることが報告されています。
つまり、肩が上がらないときには、単純に「何度上がるか」だけを見るのではなく、痛み・可動域・運動機能などを総合的に確認することが大切です。
STEP2:腕を支えながら動かす
麻痺が強く、腕を自分で持ち上げることが難しい場合には、腕の重さを支えながら動かす方法があります。
例えば、
- ・テーブル上で腕を滑らせる
- ・タオルなどを利用して腕を前方へ動かす
- ・セラピストが腕を支える
- ・支持面を利用して腕の重さを減らす
などです。
ここで重要なのは、
「腕の重さを減らして、自分で動かせる範囲を増やす」
という考え方です。
STEP3:肩だけではなく肩甲骨も意識する
肩を上げる練習では、
「腕を上げる」
だけに注目しないことも重要です。
肩甲骨が適切に動くことで、腕を上げるための土台がつくられます。
そのため、
肩甲骨 → 肩関節 → 肘 → 手
という上肢全体のつながりを考えて練習します。
STEP4:できる範囲で自分から動かす
脳卒中後のリハビリでは、セラピストに動かしてもらうだけでなく、本人が自分の意思で動かすことが重要です。
例えば、
「少しだけ腕を前に出す」
「テーブルの上で腕を滑らせる」
「目標物に手を近づける」
など、現在できる範囲から始めます。
National Clinical Guideline for Strokeでは、上肢に動きが残っている人には、機能的で課題に即した反復練習を主要なリハビリ方法として行うことが推奨されています。
STEP5:最終的には「生活の動作」につなげる
肩を上げる練習の最終目的は、
肩を180°まで上げること
とは限りません。
例えば、
- ・棚の物を取る
- ・洗濯物を干す
- ・シャツを着る
- ・髪を整える
- ・食事の準備をする
- ・コップを取る
- ・洗顔する
など、本人が必要としている生活動作につなげることが重要です。
「腕が何度まで上がるか」という身体機能だけではなく、
「腕が上がることで何ができるようになるのか」
を考えることが、作業療法では特に重要になります。
「痛くても肩を上げる」は正しい?
これは非常に重要なポイントです。
結論からいうと、
痛みを我慢して無理に肩を上げることはおすすめできません。
脳卒中後の肩は、筋力低下や亜脱臼、筋緊張、関節可動域制限などが複雑に絡んでいる場合があります。
AHA/ASAの成人脳卒中リハビリテーション・回復ガイドラインでも、肩のポジショニング、可動域維持、運動再学習が重要とされる一方、不適切に行う強い他動運動は肩を傷める可能性があるとされています。また、オーバーヘッド型の滑車運動は避けることが推奨されています。
National Clinical Guideline for Strokeでも、
- ・腕を適切に支持する
- ・介助者が麻痺側上肢を適切に扱う
- ・過度な可動域や機械的ストレスを避ける
- ・オーバーヘッドのスリングや滑車を避ける
ことが推奨されています。
つまり、
「動かさない」ことも問題ですが、「無理やり動かす」ことも問題になる可能性があります。
肩の痛みを予防するために日常生活で気をつけたいこと
リハビリだけでなく、日常生活での扱いも重要です。
例えば、
麻痺側の腕を引っ張らない
ベッドから起こすときなどに、麻痺側の腕を持って引っ張るのは避けます。
腕を適切に支える
座っているときに、肘掛けやクッションなどを利用して腕の重さを支えます。
着替えなどで無理に腕を動かさない
痛みが出る方向へ強引に引っ張らないようにします。
肩に痛みが出たら放置しない
「脳卒中だから仕方ない」と考えず、原因を確認することが大切です。
肩痛がある場合には、筋骨格系の問題、亜脱臼、筋緊張などを評価して原因に応じて対応することがガイドラインでも推奨されています。
電気刺激やテーピングは効果がある?
脳卒中後の肩に対しては、
- ・神経筋電気刺激(NMES)
- ・テーピング
- ・装具
- ・薬物治療
- ・ボツリヌス療法
など、さまざまな方法が研究されています。
例えば、肩関節亜脱臼については、過去の系統的レビューで、急性期には電気刺激が亜脱臼の軽減に有効である可能性が示されています。ただし、運動機能の回復まで含めて一つの方法が万能というわけではありません。
また、肩痛についての2022年の系統的レビュー・メタ解析では、複数のリハビリテーション的介入による痛みの軽減が検討されていますが、介入方法によって効果には違いがあります。
そのため、
「電気刺激をすれば肩が上がる」
「テーピングをすれば治る」
と単純に考えるのではなく、必要に応じて通常の運動療法などと組み合わせて検討することが大切です。
肩が上がらないときに確認したい5つのポイント
ご本人やご家族が確認するときには、次の5つが参考になります。
① 痛みはある?
痛みがあるなら、まず原因を確認する。
② 自分の力で少しでも動かせる?
完全に動かないのか、少し動くのかを確認する。
③ 肩甲骨は動いている?
腕だけでなく肩甲骨の動きも確認する。
④ 腕の位置を感じられる?
感覚障害がないか確認する。
⑤ 日常生活では何に困っている?
「肩を上げる」こと自体ではなく、何ができなくて困っているのかを明確にする。
この5つを整理するだけでも、リハビリの方向性が見えやすくなります。
まとめ|肩を上げることより「安全に使える腕」を目指す
脳卒中後に肩が上がらない原因は、単純な筋力低下だけではありません。
主な要因として、
- ・肩周囲の筋力低下
- ・肩関節の痛み
- ・肩関節亜脱臼
- ・関節可動域の制限
- ・筋緊張の変化
- ・肩甲骨の動きの問題
- ・感覚障害
- ・体幹による代償
- ・運動のタイミングや協調性の問題
などが考えられます。
だからこそ、
「とにかく腕を上げる」
というリハビリではなく、
評価 → 痛みや肩の状態を確認 → 安全な姿勢をつくる → 支えながら動かす → 自分で動かす → 実際の生活動作へ
という流れが重要です。
特に肩に痛みがある場合や、肩が抜けているように感じる場合は、自己流で強く動かすのではなく、医療・リハビリ専門職に相談しましょう。
「腕を上げられるようになる」ことはもちろん大切ですが、最終的には、
「その腕を使って、何ができるようになりたいのか」
を考えることが、脳卒中後のリハビリでは重要です。
**※注意:**この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断や治療を代替するものではありません。特に肩の痛みが強い場合、急激に動かしにくくなった場合、肩の腫れ・変形・強い痛みなどがある場合は、自己流で運動を続けず医療機関やリハビリ専門職へ相談してください。
愛知県一宮市で脳卒中後の肩・腕のリハビリなら|リハビリスタジオ一宮
脳卒中後に、
- ・腕が上がらない
- ・肩が痛い
- ・麻痺側の腕が重い
- ・肩が抜けているように感じる
- ・着替えが難しくなった
- ・洗髪や洗顔がしにくい
- ・高い場所の物を取れない
- ・麻痺した腕を生活でもっと使いたい
といったお悩みがある場合、まずは**「なぜ腕が上がらないのか」を確認すること**が大切です。
リハビリスタジオ一宮では、作業療法士がマンツーマンで、肩だけではなく、姿勢・肩甲骨・肩関節・肘・手首・手指・感覚・実際の生活動作まで含めて評価し、一人ひとりの状態に合わせたリハビリを行っています。
脳卒中後の肩は、無理に動かせばよいわけでも、動かさなければよいわけでもありません。
「安全に腕を動かしたい」
「もう一度、麻痺した腕を生活の中で使いたい」
という方は、お気軽にご相談ください。
ご予約・ご相談はこちらから
事前決済がご希望の方はこちらから
参考文献・研究
- National Clinical Guideline for Stroke. Arm function. 2023.
- National Clinical Guideline for Stroke. Shoulder subluxation and pain. 2023.
- Winstein CJ, et al. Guidelines for Adult Stroke Rehabilitation and Recovery. Stroke. 2016;47:e98-e169.
- Arya KN, Pandian S, Puri V. Rehabilitation methods for reducing shoulder subluxation in post-stroke hemiparesis: a systematic review. Topics in Stroke Rehabilitation. 2018;25(1):68-81.
- de Sire A, et al. Efficacy of rehabilitative techniques in reducing hemiplegic shoulder pain in stroke: Systematic review and meta-analysis. Annals of Physical and Rehabilitation Medicine. 2022;65(5):101602.
- Ravichandran H, et al. Systematic Review on Effectiveness of Shoulder Taping in Hemiplegia. Journal of Stroke and Cerebrovascular Diseases. 2019;28(6):1463-1473.
- Comparative Effectiveness of Treatments for Shoulder Subluxation After Stroke: A Systematic Review and Network Meta-Analysis. Journal of Clinical Medicine. 2025.
- Assessment approaches for hemiplegic shoulder pain in people living with stroke: A scoping review. Disability and Rehabilitation. 2024.
- Post stroke shoulder subluxation and shoulder pain: a cohort multicenter study.