「脳卒中を発症してから、物をつかめなくなった」
「手を伸ばすことはできるけれど、コップをうまくつかめない」
「手を開こうとしても指が開かない」
「物に触れているのに、どのくらい力を入れればいいのか分からない」
脳卒中後には、このような**「物をつかむ動作」の難しさ**が生じることがあります。
物をつかむ動作は、単純に「手の筋力が弱いからできない」というわけではありません。
実際には、
- ・肩や肘を使って手を目的の場所まで伸ばす「リーチ」
- ・手を開いて対象物に合わせる
- ・指や手のひらで物を包み込む「把持」
- ・適切な力加減を調整する
- ・物の大きさや硬さを感じ取る「感覚」
- ・姿勢や体幹を安定させる
など、多くの機能が組み合わさっています。
この記事では、脳卒中後に物をつかみにくくなる原因を「リーチ・把持・感覚」の3つの視点から整理し、リハビリで何を練習すればよいのかを作業療法士の視点から解説します。
脳卒中後に物をつかめないのはなぜ?
まず知っておきたいのは、「物をつかめない=指の筋力が弱い」ではないということです。
物をつかむためには、脳からの指令によって肩・肘・前腕・手首・指をタイミングよく動かす必要があります。
さらに、目で物の位置や大きさを確認し、
見る → 手を伸ばす → 手を開く → 物に触れる → 指を閉じる → 力を調整する
という一連の動作を連続して行います。
脳卒中によって運動機能や感覚機能が低下すると、この一連の流れのどこかに問題が生じます。
特に上肢の回復は、筋力だけではなく、感覚障害、学習性不使用、痙縮、バランスなど複数の要因を考慮する必要があります。National Clinical Guideline for Strokeでも、脳卒中後の上肢リハビリでは機能的な課題を繰り返し練習することが重要とされています。
① リーチがうまくできない
リーチとは?
リーチとは、簡単に言えば、
「手を目的の場所まで伸ばしていく動作」
のことです。
例えばテーブルの上にコップがあるとします。
コップを取るためには、まず肩や肘を調整して、手をコップの方向へ移動させなければいけません。
ところが脳卒中後には、
- ・腕が前に出にくい
- ・肘が伸びにくい
- ・肩が上がりにくい
- ・手を伸ばすと体が一緒に前へ動いてしまう
- ・目的物に対して手の位置がずれる
- ・動作が遅い
- ・動きがぎこちない
といった問題が生じることがあります。
「手が動かない」のではなく「手を目的地まで運べない」
ここは非常に重要です。
例えば指を開いたり閉じたりすることができても、コップのところまで手を運べなければ、実際の生活では「コップを取れない」という問題になります。
脳卒中後のリーチ動作を調べたメタ解析では、健常者と比較して脳卒中者では、動作時間が長い、最大速度が低い、体幹の移動が大きい、軌道が曲がりやすい、動きの滑らかさが低下するなどの特徴が報告されています。
つまり、
「腕を動かす力」だけでなく「どのように腕を動かしているか」
を見ることが大切です。
② 手を開いて物に合わせられない
物をつかむ前には、実は「手を閉じる」だけではなく、まず手を開く必要があります。
例えばペットボトルを持つ場合、
- ペットボトルを見る
- 手をペットボトルの方向へ伸ばす
- 指を開く
- ペットボトルの大きさに合わせる
- 指を閉じる
- 適切な力で保持する
という流れになります。
脳卒中後には、
- ・指が開きにくい
- ・手首が曲がったままになる
- ・指を一本ずつ動かしにくい
- ・手の形を物に合わせにくい
- ・手を開くタイミングが遅れる
などが起こることがあります。
そのため、
「握る練習」だけを繰り返しても、実際の物品操作につながらない
場合があります。
③ 把持がうまくできない
「把持」とは、手や指を使って物を保持することです。
把持にもいくつか種類があります。
例えば、
- ・コップを握る
- ・ペンを持つ
- ・箸を持つ
- ・ボタンをつまむ
- ・財布を持つ
- ・ペットボトルのふたを持つ
などです。
それぞれ必要となる指の使い方や力加減が異なります。
「握る力」だけではありません
例えば紙コップを強く握りすぎれば、つぶしてしまいます。
反対に力が弱すぎれば、落としてしまいます。
つまり必要なのは、
「強く握る力」ではなく、「物に合わせて力を調整する能力」
です。
さらに、親指と人差し指を使ったつまみ動作では、指を適切な位置に配置し、タイミングよく力を入れる必要があります。
そのためリハビリでは、単純な握力トレーニングだけではなく、実際の物品を使った練習が重要になることがあります。
④ 感覚が低下している
物をつかめない原因として、意外と見落とされやすいのが感覚障害です。
脳卒中後には、
- ・触った感覚が鈍い
- ・温度が分かりにくい
- ・痛みを感じにくい
- ・手の位置が分かりにくい
- ・物の形や硬さを認識しにくい
などの問題が生じることがあります。
感覚が低下すると、
「ちゃんと持てているのか?」
を判断しにくくなります。
例えば目を閉じた状態でコップを持つことを考えてみてください。
手のひらや指から十分な情報が入ってくれば、
「コップに触れた」
「指が滑っている」
「もう少し力を入れよう」
と判断できます。
しかし感覚情報が低下すると、この調整が難しくなります。
感覚障害は「手を使わない原因」にもなる
感覚が鈍いと、
「触ってもよく分からない」
「落としそうで怖い」
「失敗するから反対の手を使おう」
となり、麻痺した手を使う機会が減ってしまうことがあります。
脳卒中後の上肢感覚障害は、日常生活での上肢使用にも影響することが知られています。Cochraneレビューでは、上肢の感覚障害に対するさまざまな介入が検討されていますが、現時点では特定の感覚リハビリが一律に有効だと断定できるほどのエビデンスは十分ではないとされています。
一方、感覚識別を再学習する取り組みについては、2019年の系統的レビューで、触覚や固有感覚などの改善が示唆されています。
さらに2025年のメタ解析では、感覚識別訓練を課題指向型リハビリに追加することで上肢機能の改善がみられたものの、エビデンスの確実性は低~非常に低いとされています。
したがって、
「感覚が悪いから、ひたすら感覚刺激をすればいい」
という単純な話ではありません。
感覚と運動を組み合わせながら、実際の生活動作につなげていくことが重要です。
⑤ 姿勢や体幹の問題も関係する
物を取ろうとしたときに、
「腕ではなく、体ごと前に倒れてしまう」
という方もいます。
これは、腕の動きを補うために体幹を使っている可能性があります。
脳卒中後のリーチ動作では、体幹の移動が大きくなることがあり、研究でも健常者より体幹変位が大きいことが報告されています。
もちろん、体幹を使うこと自体が「悪い動き」とは限りません。
重要なのは、
「その動きで本人が何を達成できているのか」
です。
例えば、
- ・体幹を使えばコップを取れる
- ・体幹を使っても安全に生活できる
のであれば、それは一つの代償方法になります。
一方で、腕の回復を目指している段階で、毎回体幹だけで物を取っているのであれば、腕を使う練習方法を再検討する必要がある場合があります。
物をつかむためのリハビリは「握る練習」だけではない
ここが今回の記事で最も伝えたいポイントです。
物をつかめないからといって、
「ボールを握る」
「ハンドグリップを握る」
だけを繰り返せばいいとは限りません。
実際の動作では、
STEP1 姿勢を整える
椅子に座った状態などで、体幹や肩の位置を整えます。
↓
STEP2 腕を目的物へ伸ばす
肩や肘を調整しながら、手をコップなどの方向へ移動します。
↓
STEP3 手を開く
対象物の大きさに合わせて指を開きます。
↓
STEP4 物に触れる
手のひらや指先から入る感覚情報を利用します。
↓
STEP5 把持する
指を閉じ、物を適切な力で保持します。
↓
STEP6 持ち上げる・運ぶ
物を落とさないように力を調整します。
↓
STEP7 生活動作につなげる
「コップを取る」だけでなく、
飲み物を飲む、食事をする、着替える、料理をする
などの実生活につなげます。
このように考えると、リハビリで「何を練習するべきか」が見えやすくなります。
研究でも「実際の課題を繰り返すこと」が重視されている
脳卒中後の上肢リハビリでは、**反復的な課題練習(repetitive task practice)**が重要な考え方の一つです。
Cochraneレビューでは、反復的課題練習について、上肢機能や手の機能への効果が検討されています。
また、National Clinical Guideline for Strokeでは、上肢にある程度の動きが残っている人に対して、機能的・課題特異的な動作を繰り返し練習することを主要なリハビリ方法として推奨しています。
そのため、
「指を動かす」
だけではなく、
「指を使ってコップを持つ」
「腕を動かす」
だけではなく、
「腕を伸ばして棚の物を取る」
というように、実際の生活で必要となる動作へつなげていくことが大切です。
「物をつかめない」ときに確認したい5つのポイント
ご本人やご家族が確認する場合は、次のポイントをチェックしてみてください。
① 手を目的物まで伸ばせる?
肩・肘・手首の動きに問題がないか。
② 手を開ける?
指が開かない、手首が強く曲がるなどがないか。
③ 物に手を合わせられる?
物の位置や大きさに対して手の形を調整できているか。
④ 触った感覚が分かる?
触覚や手の位置感覚が低下していないか。
⑤ 持った後に力を調整できる?
強く握りすぎたり、弱すぎたりしていないか。
この5つを確認するだけでも、
「なぜ物をつかめないのか」
を考えるヒントになります。
物をつかめない=もう手は使えない、ではありません
脳卒中後に手が思うように動かなくなると、
「もうこの手は使えないのでは?」
と不安になる方も少なくありません。
しかし、脳卒中後の上肢機能は一人ひとり異なります。
麻痺の程度、発症からの期間、感覚障害、痙縮、肩の状態、認知機能、姿勢、日常生活での手の使用状況などによって、必要なリハビリは変わります。
また、回復の過程では、
「手を動かす」→「物に触れる」→「物をつかむ」→「生活で使う」
というように段階的に考えることが重要です。
実際、脳卒中後の上肢リハビリでは、機能訓練だけでなく、食事や更衣などの実生活に必要な活動を行えるようにすることも重要とされています。
まとめ|物をつかめない原因を「手」だけで考えない
脳卒中後に物をつかめない原因は、単純な筋力低下だけではありません。
主なポイントは、
- リーチ:腕を目的物まで運ぶ
- 手を開く:物の大きさに合わせる
- 把持:指で物を保持する
- 感覚:触れたことや力加減を感じ取る
- 姿勢・体幹:腕を動かしやすい土台をつくる
- 課題練習:実際の生活動作につなげる
という複数の要素です。
特に大切なのは、
「握る力を強くすること」だけを目的にしないこと。
「なぜつかめないのか?」を分析して、
リーチ → 手を開く → 接触 → 把持 → 力の調整 → 実生活
という流れのどこに問題があるのかを確認することが、リハビリの第一歩になります。
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脳卒中後の手の麻痺で、
「物をつかめない」
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といったお悩みがある場合、まずは**「何が原因でできないのか」を整理すること**が大切です。
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参考文献
- National Clinical Guideline for Stroke. Arm function. 2023.
- French B, et al. Repetitive task training for improving functional ability after stroke. Cochrane Database of Systematic Reviews.
- Collins K, Kennedy N, Clark A, Pomeroy V. Getting a kinematic handle on reach-to-grasp: a meta-analysis. Physiotherapy. 2018;104(2):153-166.
- Pelton T, van Vliet P, Hollands K. Interventions for improving coordination of reach to grasp following stroke: a systematic review. Int J Evid Based Healthc. 2012;10(2):89-102.
- Turville ML, et al. The effectiveness of somatosensory retraining for improving sensory function in the arm following stroke: a systematic review. Clin Rehabil. 2019;33(5):834-846.
- Carey LM, et al. Does Sensory Retraining Improve Sensation and Sensorimotor Function Following Stroke: A Systematic Review and Meta-Analysis. Front Neurosci. 2019.
- Doyle S, Bennett S, Fasoli SE, McKenna KT. Interventions for sensory impairment in the upper limb after stroke. Cochrane Database Syst Rev. 2022;3:CD006331.
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