「脳卒中後、箸がうまく使えなくなった」
「食事はできるけれど、スプーンばかり使っている」
「利き手が麻痺して、食事に時間がかかる」
「手は動くようになってきたのに、箸だけは難しい」
このようなお悩みはありませんか?
脳卒中後の手の麻痺では、「腕が動くようになること」と「実際に箸を使えること」は同じではありません。
箸を使うためには、肩や肘だけでなく、手首や指を細かく動かす能力、感覚、目と手の協調、姿勢、注意力など、さまざまな機能が必要になります。
そのため、
「リハビリでは腕が上がるようになったのに、箸は使えない」
ということもあります。
この記事では、脳卒中後に箸が使いにくくなる理由と、食事動作を改善するためのリハビリについて、研究データやガイドラインを紹介しながら解説します。
箸を使うには、実は多くの能力が必要
箸を使う動作は、一見すると単純に見えます。
しかし実際には、
- 箸を手に取る
- 指で箸を保持する
- 箸の位置を調整する
- 指を開閉する
- 食べ物を狙う
- 適切な力でつまむ
- 口まで運ぶ
- 食べ物を離す
という複数の動作が連続しています。
さらに、食事中は姿勢を保ちながら、食器を確認し、箸を操作し、食べ物を口まで運ばなければなりません。
つまり箸操作は、
「手だけの問題」ではなく、全身を使った複合的な生活動作
なのです。
脳卒中後に箸が使えなくなる主な原因
①指を細かく動かしにくい
箸を使うためには、指をそれぞれ独立して動かす必要があります。
特に、
- ・親指~中指の分離性
- ・薬指~小指の安定性
などの協調が重要です。
脳卒中後は、手を握ることはできても、
「指を一本ずつ動かす」
「指先で細かく力を調整する」
ことが難しくなる場合があります。
そのため、
「グーはできるけれど箸が使えない」
ということもあります。
②手首がうまく動かない
箸操作では、指だけでなく手首の位置も重要です。
手首が、
- ・曲がりすぎる
- ・反りすぎる
- ・固くなっている
- ・動かすと痛い
といった状態になると、指先をうまく使えないことがあります。
そのため、箸の練習だけではなく、手首を安定して使える状態を作ることも重要です。
③感覚が鈍くなっている
脳卒中後には、
「手の感覚が分かりにくい」
「箸を持っている感じがしない」
「どのくらい力を入れればいいか分からない」
ということがあります。
箸を使うには、目で見るだけではなく、指先から得られる感覚も利用しています。
例えば豆腐をつまむ場合、
力が強すぎれば崩れてしまいます。
反対に弱すぎれば落としてしまいます。
つまり、
「つまむ力を調整する感覚」
が必要なのです。
関連記事:
手の感覚が鈍い・しびれる原因とリハビリの進め方
④利き手が麻痺している
特に大きな影響が出やすいのが、利き手が麻痺している場合です。
これまで、
「右手で箸を持つ」
ことが当たり前だった人が、突然左手で箸を使う必要が出てくると、当然ながら最初はうまくいきません。
ただし、以前の記事でも解説したように、
利き手が麻痺したからといって、食事動作が必ず大きく制限され続けるわけではありません。
麻痺側の機能改善を目指すことに加えて、道具や方法を工夫することも重要です。
関連記事:
利き手が麻痺したら生活はどう変わる?作業療法士が解説
⑤姿勢が安定していない
意外と見落とされやすいのが姿勢です。
食事中に、
- ・身体が傾く
- ・骨盤がずれる
- ・麻痺側に体重をかけにくい
- ・頭部が前に出る
などがあると、手を自由に動かしにくくなります。
例えば、座っているだけで身体が不安定なら、その状態で指先を細かく操作するのは難しくなります。
そのため、箸の練習では、
「箸を持つ手」だけを見るのではなく、座っている姿勢も確認する
ことが大切です。
食事動作を改善するなら「箸だけ」を練習しない
ここが今回の記事で最も重要なポイントです。
箸が使えないからといって、最初から箸だけを何度も練習する必要はありません。
例えば、
STEP1
腕を安定して動かす
↓
STEP2
手首を安定させる
↓
STEP3
指を開く・閉じる
↓
STEP4
物をつまむ
↓
STEP5
小さな物を操作する
↓
STEP6
箸を使う
というように、必要な能力を段階的に練習する方法があります。
研究でも「実際の課題を繰り返す」ことが重要とされている
脳卒中後の上肢リハビリでは、実際の生活に必要な動作を繰り返し練習する「課題特異的練習(task-specific training)」が重要とされています。
米国心臓協会・米国脳卒中協会のガイドラインでは、上肢やADLのリハビリについて、個人の能力に合わせて課題の難易度を調整し、機能的な課題を繰り返し練習して、徐々に難しくしていくことが推奨されています。
また、英国のNational Clinical Guideline for Strokeでも、上肢の回復には、機能的な課題を反復して練習することが重要とされています。
さらに、食事や飲水などの日常生活を自立して行えるようにすることが重要で、必要に応じて代償手段や補助具を使うことも推奨されています。
つまり、
「指を動かす練習」→「物をつまむ練習」→「箸で食べる練習」
というように、最終的な生活動作につなげていくことが重要です。
作業療法で食事動作を練習する意味
作業療法では、単純な身体機能だけでなく、実際の生活動作そのものを評価します。
例えば、
「箸が使えません」
という相談があった場合でも、
原因①
指が動かしにくい
原因②
感覚が鈍い
原因③
手首が安定しない
原因④
座位姿勢が崩れている
原因⑤
箸の持ち方が現在の手の状態に合っていない
など、原因は人によって異なります。
その原因によって、リハビリの方法も変わります。
「箸を使うこと」と「自分で食べること」は分けて考える
ここも非常に大切です。
最終的な目標が、
「自分で食事をしたい」
なのであれば、
必ずしも「箸を使えるようになること」だけがゴールではありません。
例えば、
- ・スプーンを使う
- ・フォークを使う
- ・補助箸を使う
- ・滑りにくい食器を使う
- ・食器を固定する
などの方法もあります。
Cochraneレビューでは、脳卒中後のADLに対する作業療法では、活動を使った介入、代償的な方法、補助技術、環境調整などが用いられるとされています。
つまり、
「箸が使えないから食事ができない」
ではありません。
今の身体機能に合わせて方法を変えることで、食事の自立を目指すことができます。
まずは「補助手」として麻痺側を使う
麻痺側の手を、いきなり箸操作に使う必要はありません。
例えば、
- ・茶碗を押さえる
- ・食器を支える
- ・箸袋を押さえる
- ・テーブルの上の物を固定する
といったところから始める方法があります。
これは、
「麻痺側を操作する手」ではなく「支える手」として使う
という考え方です。
両手を使う経験を増やすことで、生活の中で麻痺側を使う場面を増やせます。
ただし、麻痺の程度によって適した方法は異なるため、無理に使って転倒や誤操作につながらないよう注意してください。
「箸を持てる」と「箸で食べられる」は違う
例えば、リハビリ室で箸を持てたとしても、実際の食事では、
- ・食器が滑る
- ・食べ物が小さい
- ・テーブルが狭い
- ・疲れてくる
- ・周囲に人がいる
- ・会話しながら食べる
など、条件が変わります。
そのため、
「箸を持つ練習」だけでなく「実際に食べる状況」を想定する
ことが重要です。
最初は大きくてつかみやすい物から
箸の練習をするときは、最初から米粒のような小さな物をつまむ必要はありません。
例えば、
- ・大きめのスポンジ
- ・大きめの食材
- ・丸めたティッシュ
- ・軽いブロック
など、比較的つかみやすい物から始める方法があります。
そして、
大きい物
↓
少し小さい物
↓
柔らかい物
↓
滑りやすい物
↓
実際の食材
というように、徐々に難易度を上げていきます。
「成功できる難易度」に調整する
リハビリでは、
難しすぎる課題を何度も失敗する
ことより、
少し頑張れば成功できる課題を繰り返す
ことが重要です。
例えば、箸で小豆をつまむのが難しいなら、もっと大きな物から始めます。
逆に簡単すぎるようになったら、少しずつサイズや形を変えます。
このように、本人の能力に合わせて難易度を調整します。
食事動作は「スピード」だけで評価しない
「以前より食事に時間がかかる」
という方も多いでしょう。
もちろん、食事時間を短くすることは一つの目標になります。
しかし、
早く食べられる=良い食事動作
とは限りません。
例えば、
- ・安全に食べられる
- ・食べ物を落とさない
- ・疲れすぎない
- ・姿勢を保てる
- ・必要な量を食べられる
ことも重要です。
特に嚥下機能に問題がある方では、箸操作だけを練習するのではなく、医師や言語聴覚士など専門職による評価が必要になる場合があります。
むせる、咳き込む、声が濡れたようになる、食事中に強く疲れるなどの症状がある場合は、自己判断で食事練習を進めず、医療機関に相談しましょう。
食事動作に必要な「手と目の協調」
箸を使うには、
「箸を動かす」
だけではなく、
「目で食べ物を見る→手をそこへ動かす→指を調整する」
という一連の流れがあります。
例えば、豆腐をつまもうとするとき、
①豆腐を見る
↓
②手を移動させる
↓
③箸の位置を調整する
↓
④適切な力でつまむ
↓
⑤口まで運ぶ
という複数の処理を行っています。
そのため、視覚や注意機能、身体の位置感覚などにも問題がある場合は、単純な指の運動だけでは改善しにくいことがあります。
自宅でできる食事動作の練習
自宅で練習する場合は、まず安全を確保しましょう。
例えば、
①食器を押さえる
麻痺側の手で滑りにくい食器を軽く支える。
②大きめの物をつまむ
箸やトングなどを使って、比較的大きな物をつまむ。
③スプーン操作
スプーンですくう→口へ運ぶという動作を繰り返す。
④実際の食事へ
安全にできるようになったら、実際の食事場面で試します。
ただし、手の麻痺が強い場合や感覚障害がある場合、熱い食べ物や汁物、包丁などを扱う際には十分な注意が必要です。
食事動作を改善するには「生活の中で使う」ことが大切
脳卒中後のリハビリでは、
「リハビリ室でできる」
だけでは十分ではありません。
実際の生活で、
「自分で食べられる」
ことが重要です。
Cochraneのレビューでは、脳卒中後のADLに対する作業療法について、9研究・994人を対象に検討され、ADLパフォーマンスの改善や、ADLにおける不良な転帰のリスク低下が報告されています。ただし、エビデンスの質は低く、結果には不確実性があるとされています。
この点からも、リハビリの効果を過大評価するのではなく、本人の目標や症状に合わせて実際の生活動作を練習することが重要だと考えられます。
「箸を使えるようになりたい」という目標は立派なリハビリの目標
リハビリでは、
「歩けるようになりたい」
「腕を上げたい」
という目標がよくあります。
しかし、
「もう一度箸を使って食事をしたい」
という目標も、とても大切です。
食事は毎日行う活動です。
だからこそ、食事動作が改善すると、
- ・自分で食べられる
- ・家族と同じように食事ができる
- ・外食しやすくなる
- ・食事へのストレスが減る
- ・自分でできるという自信につながる
など、生活全体にも影響します。
まとめ|箸が使えないなら「手」だけでなく「食事全体」を見る
脳卒中後に箸が使えなくなる原因は、単純な指の麻痺だけではありません。
- ・指の細かな動き
- ・手首の安定性
- ・感覚
- ・手と目の協調
- ・姿勢
- ・注意力
- ・疲労
- ・利き手の麻痺
など、さまざまな要因が関係しています。
そのため、
「箸をひたすら練習する」
だけではなく、
「なぜ箸が使えないのか?」
を確認することが大切です。
そして、
身体機能の改善
↓
物を操作する練習
↓
食事動作の練習
↓
実際の生活で使う
という流れで考えていくと、リハビリの目的がより明確になります。
脳卒中後の上肢リハビリでは、機能的な課題を繰り返し練習する「課題特異的練習」が重要とされており、ADLに合わせた練習も推奨されています。
「もう一度、自分で箸を持って食事をしたい」
その目標から、必要なリハビリを考えていくことが大切です。
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食事動作についても、
- ・手指の動き
- ・手首の使い方
- ・感覚
- ・両手の協調
- ・姿勢
- ・物をつまむ・持つ動作
- ・箸やスプーンなどの道具の使い方
などを確認しながら、その方の状態と目標に合わせてリハビリを考えていきます。
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引用文献
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- Legg, L. A., Lewis, S. R., Schofield-Robinson, O. J., Drummond, A., & Langhorne, P. (2017). Occupational therapy for adults with problems in activities of daily living after stroke. Cochrane Database of Systematic Reviews, 7, CD003585. https://doi.org/10.1002/14651858.CD003585.pub3
- National Clinical Guideline for Stroke. (2023). Arm function.
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- Rozevink, S. G., Hijmans, M. J., Horstink, K. A., & van der Sluis, C. K. (2023). Effectiveness of task-specific training using assistive devices and task-specific usual care on upper limb performance after stroke: A systematic review and meta-analysis. Journal of NeuroEngineering and Rehabilitation. https://doi.org/10.1080/17483107.2021.2001061