脳卒中後のリハビリをしていると、
「リハビリをすると、脳の中では何が起きているの?」
「手を動かす練習をすると、本当に脳が変わるの?」
「発症から時間が経っても、脳は変化するの?」
と疑問に感じる方も多いのではないでしょうか。
脳卒中によって脳の一部が損傷すると、それまで当たり前にできていた「歩く」「手を伸ばす」「物をつかむ」「着替える」といった動作が難しくなることがあります。
しかし、脳は一度損傷したら、その後は何も変化しないというわけではありません。
脳には、経験や学習に応じて神経の働き方を変化させる**「神経可塑性(neuroplasticity)」**という性質があります。
この神経可塑性は、脳卒中後のリハビリを考えるうえで非常に重要な考え方です。
ただし、
「脳には可塑性があるから、何をしても自然に回復する」
という意味ではありません。
現在の脳卒中リハビリでは、目的のある動作を、適切な難易度で、繰り返し練習することが重要と考えられています。
今回は、作業療法士の視点から、リハビリによって脳の中でどのような変化が起こるのか、研究では何が分かっているのか、そして実際のリハビリにどうつなげるのかを解説します。
脳卒中になると脳では何が起こる?
まず、脳卒中によって何が起こるのかを簡単に整理しましょう。
脳梗塞や脳出血などによって脳の一部が損傷すると、その場所が担っていた機能に影響が出ます。
例えば、運動に関係する脳領域が損傷すると、
- ・手足が動かしにくい
- ・力が入りにくい
- ・指を細かく動かせない
- ・歩きにくい
- ・バランスを崩しやすい
といった症状が起こります。
さらに、運動だけではありません。
脳卒中後には、
- ・感覚が鈍くなる
- ・しびれが出る
- ・注意が向けにくい
- ・半側空間無視がある
- ・記憶や判断が難しくなる
- ・言葉が出にくくなる
など、さまざまな症状が起こる可能性があります。
つまり、脳卒中後のリハビリでは「筋肉を鍛える」だけではなく、脳と身体の情報のやり取りをもう一度学習していくことが重要になります。
「神経可塑性」とは?
神経可塑性とは、簡単に言えば、
「脳や神経の働き方が、経験や学習によって変化する能力」
です。
例えば、初めて箸を使う子どもは、最初から上手に食べられるわけではありません。
箸を持つ。
↓
指を動かす。
↓
食べ物をつまむ。
↓
口まで運ぶ。
という経験を繰り返すことで、徐々に動作が上達していきます。
脳卒中後のリハビリでも、これと同じように「経験」が重要になります。
ただし、脳卒中後の場合は、以前使っていた神経ネットワークが損傷している可能性があります。
そのため、
残された神経ネットワークが新しい役割を担ったり、神経ネットワーク同士のつながりが変化したりする
ことが回復に関係すると考えられています。
リハビリをすると脳のネットワークが変化する
近年はMRIなどの脳画像技術が発達したことで、脳卒中後の脳がどのように変化するのかを研究できるようになっています。
2024年に発表されたシステマティックレビューでは、2010~2023年に発表された研究を調査し、最終的に20研究・602人のデータが分析されました。
その結果、脳卒中後の運動機能や認知機能の改善と、左右の大脳半球間の機能的結合の変化との関連が多くの研究で確認されています。
特に、一次運動野(M1)同士や、一次運動野と補足運動野(SMA)の機能的結合が運動機能の改善と関連していました。
つまり、脳卒中後の回復は、
「損傷した脳細胞がそのまま元に戻る」
だけでは説明できません。
脳のネットワークそのものが再編成されていくこと
が重要だと考えられています。
脳は「使った経験」に反応する
では、なぜリハビリで繰り返し練習するのでしょうか?
その理由の一つが、
「脳は、実際に使った機能や動作に応じて変化する」
という考え方です。
例えば、
「コップを持つ」
という動作を考えてみましょう。
コップを見る。
↓
手を伸ばす。
↓
指を開く。
↓
コップに手を近づける。
↓
指を閉じる。
↓
握る。
↓
持ち上げる。
という複数の要素があります。
これを何度も練習することで、脳は「コップを持つ」という動作に必要な感覚や運動の情報を繰り返し経験します。
その結果、動作の学習が進んでいきます。
そのため現在の脳卒中リハビリでは、**機能的で目的のある動作を繰り返し練習する「課題特異的練習」**が重要視されています。
「ただ手を動かす」だけではなく、目的が重要
ここは非常に重要なポイントです。
例えば、
「肘を曲げ伸ばしする」
という練習を行うことがあります。
もちろん身体機能を改善するために必要な場合があります。
しかし、最終的な目標が、
「自分で食事をしたい」
だった場合、肘の曲げ伸ばしだけでは生活動作につながらないことがあります。
そこで、
「コップを口まで運ぶ」
「スプーンを持つ」
「箸を操作する」
といった、実際の生活につながる課題を練習することが重要になります。
National Clinical Guideline for Strokeでも、脳卒中後の上肢リハビリでは、機能的で課題特異的な動作を高い反復回数で練習することが推奨されています。
脳の可塑性には「良い変化」と「悪い変化」がある
ここも覚えておきたいポイントです。
「脳は使えば変化する」
と聞くと、
「じゃあ、とにかく動かせばいい」
と思うかもしれません。
しかし、必ずしもそうではありません。
脳卒中後には、**適応的な可塑性(adaptive plasticity)**だけでなく、**不適応的な可塑性(maladaptive plasticity)**が起こる可能性があります。
例えば、麻痺した手が使いにくいため、
「いつも反対側の手だけを使う」
という生活が続いたとします。
すると、
「麻痺側は使わなくても生活できる」
という動作パターンが定着してしまう可能性があります。
2026年のレビューでも、脳卒中後の神経可塑性には、機能回復を促す適応的な変化だけでなく、代償的な動作パターンを強化して回復を妨げる可能性のある不適応的な変化があることが論じられています。
だからこそ、
「何を繰り返すのか」
が重要なのです。
「間違った動作」を繰り返さないことも大切
例えば、
「歩く練習を毎日しています」
という方がいたとします。
しかし、歩くたびに、
- ・麻痺側の足を大きく振り出す
- ・体を左右に大きく傾ける
- ・非麻痺側に体重を逃がす
- ・つま先が引っかかる
- ・膝を過剰に伸ばす
などの代償動作を繰り返している場合があります。
このとき、
「歩けば歩くほど良い」
とは限りません。
もちろん、歩くこと自体は重要です。
しかし、
「どのように歩いているのか」
を確認することも重要です。
脳は繰り返した動作を学習していくため、できるだけ適切な動作パターンを経験できるように練習内容を調整する必要があります。
では、何回くらい練習すればいい?
「神経可塑性のためには、何回練習すればいいの?」
これはよくある質問です。
実は、全員に当てはまる「最適な回数」はまだ明確ではありません。
National Clinical Guideline for Strokeでも、反復練習の理想的な量については明確ではないとしながら、現在のリハビリで提供されている量よりも、かなり多い反復が必要な可能性があるとしています。
ただし、
「回数が多ければ多いほど必ず良い」
という単純な話でもありません。
重要なのは、
- ・現在の能力
- ・疲労
- ・痛み
- ・注意力
- ・動作の質
- ・課題の難易度
- ・目標
などを考慮して練習量を調整することです。
「少し難しい」が脳には重要
リハビリでは、
「簡単すぎる課題」
だけを繰り返しても十分な刺激にならないことがあります。
一方で、
「難しすぎて全くできない課題」
を繰り返すのも効率的ではありません。
そこで、
「少し頑張ればできる」
くらいの課題設定が重要になります。
例えば、
コップを持つ
最初は大きくて軽いコップ。
↓
慣れたら少し小さいコップ。
↓
さらに水を入れる。
↓
立った状態で取る。
というように、少しずつ難易度を変えていきます。
これを**課題の段階付け(grading)**として考えます。
作業療法では、このように「今できること」と「目標」の間を細かく分けて練習することが重要です。
「できる動き」と「している動き」は違う
脳卒中後のリハビリでは、ここも非常に大切です。
例えば、
「右手をテーブルの上まで動かせますか?」
と聞くと、
「できます」
という方がいます。
ところが、
「普段、右手を使っていますか?」
と聞くと、
「ほとんど使いません」
ということがあります。
つまり、
「できる能力」と「実際に使っている能力」は違う
のです。
これは以前の記事でも紹介した「学習性不使用」と関係します。
そのためリハビリでは、
「動かせるようになったか?」
だけでなく、
「実際の生活で使うようになったか?」
まで確認することが重要です。
脳の変化を生活につなげる
脳の可塑性を考えるうえで、作業療法士が特に大切にするのが、
「生活につながる練習」
です。
例えば、
「箸を使いたい」
なら、
指を開く
↓
指を閉じる
↓
物をつまむ
↓
箸を操作する
↓
実際に食事をする
というように練習します。
「着替えたい」
なら、
腕を上げる
↓
肘を動かす
↓
手を袖に入れる
↓
衣服を引っ張る
↓
ボタンを操作する
というように考えます。
「家事を再開したい」
なら、
物をつかむ
↓
両手を使う
↓
立位で作業する
↓
道具を操作する
↓
実際の家事を行う
というように、最終的な目標から逆算します。
脳卒中から時間が経っても脳は変化する?
「発症して半年以上経っています」
「もう1年以上経っています」
という方もいるでしょう。
ここで重要なのが、
「半年=脳の可塑性が終了」ではない
ということです。
脳卒中後のリハビリでは、発症時期にかかわらず、本人の能力や目標に応じて反復的・課題特異的な練習を行うことが推奨されています。
また、2024年の神経画像研究のレビューでも、脳卒中後の運動ネットワークは時間とともに動的に再編成されることが報告されています。
もちろん、発症直後と慢性期では回復のスピードや特徴は異なります。
しかし、
「発症から時間が経った=何も変化しない」
とは考えないことが大切です。
最新のリハビリでは「脳+身体+生活」を考える
現在の脳卒中リハビリでは、
脳だけを変える
という考え方ではありません。
大切なのは、
脳
神経ネットワークや運動学習
↓
身体
筋力・関節運動・感覚・姿勢・バランス
↓
動作
手を伸ばす・つかむ・歩く・着替える
↓
生活
食事・家事・仕事・趣味・外出
というつながりです。
だからこそ、
「脳のための練習」ではなく、「生活を変えるためのリハビリ」
という視点が重要になります。
自宅でできる神経可塑性を意識した練習のポイント
自宅で自主練習を行う場合は、次のポイントを意識してみましょう。
①目的を決める
「手を動かす」ではなく、
「コップを持つため」
「箸を使うため」
など、目的を明確にします。
②成功できる難易度にする
少し難しいけれど、頑張れば成功できる課題を選びます。
③繰り返す
一度できただけで終わらず、安全な範囲で繰り返します。
④生活の中で使う
リハビリ時間以外にも、麻痺側を使える場面を探します。
⑤動作の質を確認する
「できたか」だけでなく、「どのようにできたか」も確認します。
痛みが出たり、疲労が強くなったりする場合は無理をせず、専門家に相談しましょう。
まとめ|リハビリは「脳に新しい経験を与える」こと
脳卒中後のリハビリでは、単純に筋肉を動かすだけではありません。
脳と身体に新しい動作経験を与え、その経験を繰り返すことで、神経ネットワークの働き方が変化していく。
これが神経可塑性を考えるうえでの重要なポイントです。
研究では、脳卒中後の運動回復と脳内ネットワークの再編成との関連が確認されています。
また、現在のガイドラインでは、課題特異的・反復的な練習をリハビリの中心にすることが推奨されています。
ただし、
「たくさんやれば必ず治る」
わけでもありません。
重要なのは、
何を練習するのか。
どのくらいの難易度なのか。
どのような動作で行うのか。
そして、その練習が実際の生活につながっているのか。
ということです。
「手を動かしたい」だけでなく、
「もう一度箸を使いたい」
「一人で着替えたい」
「料理を再開したい」
「家事をしたい」
「外出したい」
といった具体的な目標を持つことで、リハビリの方向性も変わってきます。
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大切にしているのは、単に「筋肉を動かす」ことだけではありません。
現在の身体機能を確認し、
- ・手・腕の動き
- ・手指の細かな動作
- ・感覚
- ・姿勢・バランス
- ・歩行
- ・食事
- ・着替え
- ・家事
- ・趣味や日常生活
など、**「実際の生活で何ができるようになりたいのか」**を考えながらリハビリを進めます。
脳卒中から時間が経っていても、
「もう少し手を使えるようになりたい」
「できることを増やしたい」
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引用文献
- Ismail, U. N., Yahya, N., & Abdul Manan, H. (2024). Investigating functional connectivity related to stroke recovery: A systematic review. Brain Research, 1840, 149023.
- National Clinical Guideline for Stroke. (2023). Rehabilitation and recovery – motor recovery and physical effects of stroke.
- National Clinical Guideline for Stroke. (2023). Rehabilitation and recovery – principles of rehabilitation.
- Neuroimaging of motor recovery after ischemic stroke – functional reorganization of motor network. (2024). NeuroImage: Clinical.
- Neuroplasticity after stroke: Adaptive and maladaptive mechanisms in evidence-based rehabilitation. (2026). Journal of Stroke and Cerebrovascular Diseases.
- Winstein, C. J., et al. (2016). Guidelines for adult stroke rehabilitation and recovery. Stroke, 47(6), e98–e169.