「退院したら、また家事をしたい」
「以前のように料理をしたい」
「洗濯物を自分で干せるようになりたい」
「掃除くらいは一人でできるようになりたい」
脳卒中後、こうした目標を持っている方は少なくありません。
家事は単なる「生活の一部」ではなく、自分らしく生活するための重要な活動です。
しかし、家事には歩く・立つ・しゃがむ・手を使う・物を持つ・身体を方向転換するなど、非常に多くの動作が含まれています。
そのため、退院後に「歩けるようになったのに家事ができない」と感じることがあります。
実はこれは珍しいことではありません。
脳卒中後のリハビリでは、筋力や関節の動きだけでなく、実際の生活の中で何をしたいのか、どんな家事を再開したいのかまで考えることが重要です。
この記事では、脳卒中後に家事を再開したい方に向けて、家事が難しくなる理由、安全に再開するための工夫、リハビリで確認したいポイントについて、研究やガイドラインも紹介しながら解説します。
家事は「複数の能力」を同時に使う活動
家事というと、「料理」「洗濯」「掃除」といった作業そのものをイメージするかもしれません。
しかし、実際には多くの身体・認知機能が必要です。
例えば料理なら、
- ・キッチンまで歩く
- ・食材を取り出す
- ・包丁を使う
- ・鍋を持つ
- ・コンロを操作する
- ・食材を混ぜる
- ・食器を運ぶ
- ・片付ける
という複数の動作があります。
洗濯なら、
- ・洗濯物を集める
- ・洗濯機へ入れる
- ・洗剤を入れる
- ・洗濯物を取り出す
- ・運ぶ
- ・干す
- ・取り込む
- ・畳む
といった動作が必要です。
つまり、家事は**「歩ける」「手が動く」だけでは十分ではない複合的な活動**なのです。
脳卒中後に家事が難しくなる主な理由
①麻痺側の手が使いにくい
料理や洗濯なども含めて生活動作では、両手を使う場面がたくさんあります。
例えば、
- ・袋を押さえながら開ける
- ・ボトルのふたを開ける
- ・食材を押さえる
- ・洗濯物を両手で持つ
- ・タオルを畳む
などです。
麻痺側の手が使いにくいと、非麻痺側だけで何とかしようとしてしまいます。
もちろん、安全に行うために非麻痺側側を使うことは大切です。
一方で、可能な範囲で麻痺側を補助手として使えるようになると、家事の選択肢が広がることがあります。
②立っている時間が長い
家事では、思った以上に立位時間が長くなります。
料理をしている間にずっと立っていたり、洗濯物を干したり、掃除機をかけたりすることがあります。
脳卒中後は、
- ・下肢の筋力低下
- ・バランス低下
- ・麻痺側への荷重のしにくさ
- ・疲労
などによって、長時間の立位が難しくなることがあります。
その場合は、最初から長時間の家事を目指すのではなく、短時間で区切ることも重要です。
③家事をしながら周囲を見る必要がある
家事では身体だけでなく、注意力も必要です。
例えば料理なら、
「鍋を火にかけながら食材を準備する」
「電子レンジを使いながら別の作業をする」
など、複数のことを同時に行います。
脳卒中後に注意力や遂行機能に問題が残っている場合、こうした「ながら作業」が難しくなることがあります。
特にコンロや包丁などを使う料理では、安全性を優先する必要があります。
④疲れやすい
脳卒中後には、身体が動くようになっていても「すぐ疲れる」と感じる方がいます。
家事は一つひとつの動作は簡単でも、連続して行うことで疲労が蓄積します。
例えば、
料理30分
↓
片付け15分
↓
洗濯物を干す15分
と続けると、合計1時間になります。
最初から以前と同じ量をこなそうとすると、疲労によって動作の質が低下し、転倒などにつながる可能性があります。
「できる量」ではなく「安全に続けられる量」から始めることが大切です。
家事再開で大切なのは「全部やる」ことではない
家事を再開するとき、
「以前と同じように全部やらなければ」
と考える必要はありません(もちろんそれが難しい場合もありますが…)。
例えば料理なら、
最初の段階
- ・食器を並べる
- ・野菜を洗う
- ・テーブルを拭く
慣れてきたら
- ・食材を切る
- ・簡単な調理をする
- ・盛り付ける
さらに安定したら
- ・一連の料理を行う
- ・片付けまで行う
というように、工程を分けて練習する方法があります。
家事を「工程」に分解する
作業療法では、家事を一つの大きな活動として考えるのではなく、細かい工程に分けて考えることがあります。
例えば「洗濯」を考えてみましょう。
洗濯物を集める
↓
洗濯機まで運ぶ
↓
洗濯機へ入れる
↓
洗剤を入れる
↓
洗濯物を取り出す
↓
干す
↓
取り込む
↓
畳む
この中で、
「どこまではできるのか?」
「どこから難しくなるのか?」
を確認します。
例えば「洗濯はできない」と思っていても、実際には「洗濯物を干すときにバランスを崩す」ことが問題かもしれません。
そうであれば、洗濯全体を練習するのではなく、立位バランスや物を持った状態での移動を重点的に練習するという考え方ができます。
研究でも「生活動作そのもの」が重要視されている
脳卒中リハビリでは、身体機能だけでなくADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)や生活への参加を改善することが重要とされています。
英国のNational Clinical Guideline for Strokeでは、脳卒中後の生活動作について、身体機能だけでなく認知機能、視覚、半側空間無視、遂行機能などの「見えにくい問題」も含めて評価することが推奨されています。
また、必要に応じて作業療法士による評価や、実際のセルフケアの練習、福祉用具・環境調整などを行うことが推奨されています。
つまり、
「筋力がつけば家事ができる」
という単純な話ではありません。
その人が実際に行いたい生活活動に合わせて、身体機能・認知機能・環境を組み合わせて考えることが重要です。
作業療法の効果についての研究
脳卒中後のADLに対する作業療法については、過去のCochraneレビューを含めたエビデンスがあります。
National Clinical Guideline for Strokeでは、ADLを対象とした作業療法を受けた脳卒中患者は、作業療法を受けなかった場合と比較して、ADLの遂行が良好で、ADL依存などの不良な転帰のリスクが低かったと整理されています。
もちろん、これは「作業療法を受ければ必ず家事ができるようになる」という意味ではありません。
脳卒中の部位や重症度、麻痺、感覚障害、認知機能、疲労などによって回復は大きく異なります。
しかし、実際の生活動作を評価し、必要な練習や環境調整を行うことには重要な意味があると考えられます。
自宅でのリハビリにも研究データがある
2025年に発表されたシステマティックレビュー・メタ解析では、脳卒中患者を対象とした在宅リハビリテーションについて、2000年から2024年1月までに発表された研究を検索し、46研究を質的統合、34研究をメタ解析に含めています。
この研究は、在宅リハビリがADL自立、上肢機能、移動、バランス、運動耐容能、QOLなどに与える影響を検討したものです。
また、別のシステマティックレビュー・メタ解析では、脳卒中後の基本的ADLに対する在宅介入の効果が検討されています。
ここから重要なのは、
「リハビリ室でできること」と「自宅で実際に行えること」をつなげる視点
です。
家事を再開したいのであれば、最終的には自宅のキッチン、洗濯機、掃除道具、家具の配置など、実際の生活環境を考える必要があります。
家事再開のために「手」をどう使うか
家事をするうえで、上肢機能は非常に重要です。
例えば料理では、
- ・食材を押さえる
- ・包丁を操作する
- ・袋を開ける
- ・鍋を持つ
- ・食器を運ぶ
など、手を使う場面が連続します。
ここで大切なのは、
「麻痺した手をどれだけ大きく動かせるか」だけを見るのではなく、「生活の中でどう使えるか」を考えること
です。
例えば、麻痺側の手でコップを押さえながら非麻痺側側で飲み物を注ぐ。
これは一見すると小さな動作ですが、実際の生活では非常に役立つ「両手の協調」です。
家事に必要な「立つ・歩く」も練習する
家事再開では、手だけでなく下肢や体幹も重要です。
例えば料理なら、
冷蔵庫へ歩く
↓
食材を取り出す
↓
キッチンへ戻る
↓
立って調理する
↓
食器を運ぶ
というように、歩行と立位を何度も繰り返します。
そのため、
「歩ける」だけではなく「物を持って歩ける」「方向転換できる」「立ったまま手を使える」
といった能力が必要になります。
これは、これまでの記事で紹介した歩行やトイレ、入浴などの日常生活動作ともつながっています。
関連記事:
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家事を安全にする環境調整
家事再開では、身体機能を高めるだけでなく、環境を変えることも有効です。
キッチン
例えば、
- ・よく使う物を手の届きやすい場所に置く
- ・重い鍋を高い場所から下ろさない
- ・滑りやすいマットを整理する
- ・必要に応じて椅子を使う
などが考えられます。
洗濯
洗濯物を持って移動することが不安なら、最初は少量にします。
また、
「洗濯機から取り出す」
「カゴへ入れる」
「干す」
を一度に全部行わず、工程を分ける方法もあります。
掃除
掃除機をかける場合は、掃除機そのものを引っ張りながら歩くため、通常の歩行よりもバランスが難しくなることがあります。
最初は、
短時間・狭い範囲
から始めるのがおすすめです。
また、床に物が置かれていると、掃除機を操作しながら避ける必要があり、さらに難易度が上がります。
「家事をするためのリハビリ」を考える
家事を再開したい方にとって重要なのは、
「スクワットを20回できるようになる」
だけではありません。
例えば、
「洗濯物を10枚干せるようになる」
という目標があるなら、
- ・立位保持
- ・肩の動き
- ・手の操作
- ・バランス
- ・疲労
- ・物を持った状態での移動
などを確認します。
そして、それぞれを改善しながら、最終的に洗濯という活動につなげます。
これが生活目標から逆算したリハビリです。
「できるADL」と「しているADL」は違う
リハビリ室では、
「一人で立てる」
「歩ける」
「手を動かせる」
のに、自宅では家族に家事を全部やってもらっている。
こうしたことがあります。
これは本人の能力だけではなく、
「失敗するのが怖い」
「転倒が怖い」
「家族が心配して手伝ってくれる」
「どこまで自分でやっていいのかわからない」
など、さまざまな理由が関係しています。
だからこそ、「できる」から「実際にする」への橋渡しが重要です。
家族はどこまで手伝えばいい?
家族としては、
「危ないから全部やってあげよう」
と考えることがあります。
もちろん、安全を確保するための介助は必要です。
ただし、本人ができる部分まで毎回家族が行うと、自分で家事を行う機会が減ってしまいます。
例えば、
「食材を切るところだけ本人」
「洗濯物を畳むところは本人」
「高い場所に干すところだけ家族」
というように、役割を分けることもできます。
家事を「全部できるか・できないか」の二択にしないことが大切です。
家事再開は小さな目標から
最初から、
「以前のように夕食を全部作る」
必要はありません。
例えば、
STEP1
テーブルを拭く
↓
STEP2
食器を並べる
↓
STEP3
簡単な盛り付け
↓
STEP4
野菜を洗う
↓
STEP5
簡単な調理
↓
STEP6
料理から片付けまで行う
このように、少しずつ難易度を上げていきます。
「昨日より5分長くできた」
「今日は食器を3枚運べた」
という小さな変化も、家事再開への大切な一歩です。
家事再開で気をつけたいこと
特に次のような場合は注意してください。
- ・ふらつきが強い
- ・片側への注意が難しい
- ・火や包丁の操作が不安
- ・重い物を持てない
- ・疲れると動作が大きく崩れる
- ・感覚が鈍く、熱さや痛みに気づきにくい
- ・認知機能の低下がある
このような場合は、無理に一人で行わず、主治医やリハビリ専門職に相談しましょう。
特にコンロ、包丁、熱湯などを使う作業は、安全性を最優先してください。
まとめ|家事再開は「身体機能」だけでなく「生活」を見る
脳卒中後に家事を再開するためには、単純に筋力や関節の動きを改善するだけでは十分ではありません。
重要なのは、
- ・麻痺側の手をどう使うか
- ・立位をどれくらい維持できるか
- ・物を持って歩けるか
- ・バランスを保てるか
- ・複数の作業を安全に行えるか
- ・疲労に合わせて活動量を調整できるか
- ・自宅の環境が安全か
などを総合的に考えることです。
そして何より、
「何のためにリハビリをするのか」
を明確にすることが大切です。
「筋力をつけたい」だけではなく、
「もう一度、自分で料理をしたい」
「洗濯物を干せるようになりたい」
「家族のために食事を作りたい」
という具体的な目標があれば、そこから必要なリハビリを考えることができます。
研究でも、脳卒中後のADLに対する作業療法や在宅でのリハビリの有用性が検討されています。
家事は「ただの日常生活」ではありません。
自分らしい生活を取り戻すための、大切なリハビリの場でもあります。
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- ・家事に必要な立位・バランス
- ・麻痺側の手の使い方
- ・両手を使った作業
- ・物を持って歩く練習
- ・疲れにくい動作方法
- ・日常生活動作の工夫
などを、その方の目標に合わせて考えていきます。
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引用文献
- Do, Y., Lim, Y., Jin, S., & Lee, H. (2025). Effectiveness of home-based rehabilitation on activities of daily living in patients with stroke: Systematic review and meta-analysis. Physical Therapy, 105(6), pzaf044. https://doi.org/10.1093/ptj/pzaf044
- Qin, P., Cai, C., Chen, X., & Wei, X. (2022). Effect of home-based interventions on basic activities of daily living for patients who had a stroke: A systematic review with meta-analysis. BMJ Open, 12(7), e056045.
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